Liberal Cat

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2018年2月28日水曜日

水のように

子供の頃から何かに没頭することが難しく、今もそれは変わらないままではあるのだが、ここ何年かは日課をやり続けることで自分にはコツコツやる能力があることに気がついた。没頭は稀にしかできないことだが、あまり好きなことでなくてもコツコツと続けることができる。これはある種の才能なのだろうか。一つわかったのは怠け者ではないということだな。無報酬でも好きなことではなくても、決断をすればずっとコツコツと続けることができる。

自分に本当に好きなことがあるのか、未だによくわからない。没頭ということをすることが大変難しく、本当に稀にしかそういうことができない。常に何かの情報が頭の中を行ったり来たりしている。それなので私の頭の中は意外と忙しいのかもしれない。これで一番支障が出たのは学業だったと思う。何かを勉強している時にも様々なことが頭の中を駆け巡る。次から次へと情報が出てきて、教科書を目だけで追うようなことが多い。読んではいるのだが、他のことが頭の中に同時にある状態だ。ただ唯一集中できたのが社会科の特に歴史関係だけだった。もしかしたらこれが好きということなのかもしれない。

最近自分の能力について考えることが増えた。自分の得意不得意を意外と知っている。得意を活かすということは、雑多な知識を何かに組み合わせることになるのかもしれない。正攻法なら社会科の教師が向いていたのかなと思う。それ以外でもできることはないわけではないが、生産の過程に置いてはあまり活かされない能力だ。あくまで知識を得て整理や分析をして、他人に伝えることで活きる能力だと思う。この能力を活かすことはできるのだろうか。

人の社会は繋がりでなりたっているから、できないところをお互いに補い合ってできている。自分では活かす場所や機会を見つけることはできないかもしれない。そこは私の得意な部分ではないのだろう。しかし、適材適所を見いだせる人と出会うことも難しいものだ。上善は水の如しで、何も気負わず機会がなければ野に埋もれるのも悪くはないのかもしれない。ただ人には将来への不安があったり欲があったりで、自己の精神を制御すること自体が難題だ。あるがままを受け入れるというのは、意外と難しい高難度の生き方なのかもしれない。

2018年1月3日水曜日

2018

あけましておめでとうございます。

昨年でこのブログも閉じようかと思っていたが、気がつけば2018年まで続けていました。メタバース関係は大幅な下火ということもあり、元々技術とコンテンツの将来性への期待を重視していたので、現状のグラフィックスや表現力が多少上がっただけの状態だとあまり書くこともありませんでした。その間に世の中にはVRが出てきてかつてのメタバースのように話題になっていましたが、これも現状ではそこまでの大きな潮流にはならないまま勢いが落ちているような感じがします。この手の技術には将来性はとてもありますが、技術的な課題も多くまだまだ年数はかかるのでしょう。昨年でSL開始から10年が経ちましたが、あちこち改良はされてはいてもコンテンツ的にはそれほど大きなものは誕生しませんでした。これだと多くの人達が思うものは生まれてはいないわけです。しかし、元来創始者の人はそこを目指していたはずなんですがね。私もそれが面白くてやっていた面が強いです。今ではそういう方面に行く感じも全くなくなり、世の中にどう役立つ技術になるのか見えないのでモチベーションが上がらないのもあります。

個人的にはここ2年半以上の間は、初めて人生で創作に関してコツコツと続けた日々でした。殆ど休むことなく日課を繰り返し、牛歩のような遅い習得スピードに苦しむ日々でもありました。やはり先生がいないというのは厳しいものですね。独学の問題点は知識や技術がない人が自力で、学習や習得の道を探すところにあると思います。まず何が最も良い方法なのかがわかりません。そもそもどうやったらそれが習得できるのかもよくわかりません。そしてやり方が間違っていてもわかりません。歴史を振り返れば、人類は多くの先人の積み重ねで成り立っているので、一から自力でというのはかなり厳しいものだとわかります。創作関係は特に道筋というのが分かり難い。勉強などは根気と努力があれば一定の水準に持っていくことはそれほどでもない。世の中にそのやり方は確立して存在するからです。勿論高みを目指すなら難しくはなるでしょうが、創作の場合は初歩や基礎から道筋が曖昧なわけです。何をどうやったら良いのかわからない。絵の教本も基本はデッサンしろとか模写をしろとか、グリッドで覚えろとかそういう分かり難いものが多いです。これをこうコツコツやっていればできるようになるという、そういうものが存在しないのが辛いところです。

今年も淡々とやるべきをやろうと思っています。年をとったので運動も何とか取り入れたいところです。ここ2年くらいは特に体調の不調が続いています。これは年齢からくる運動不足の影響なのかなと思います。ここにまず時間を割かないとなりません。その他、絵と英語の学習は進めたい。これらは私の中で基礎になるものだと思っています。やりたいことをやるためには覚えなくてはならないものです。3DCGとは昨年からお休みが続いています。本当はやりたいのですが他のことで一杯一杯です。後は年を取ってきた両親のこともあるので、そちらにも時間を割く必要があるでしょう。まずは家のことが重要です。全ての生活の基盤です。

趣味は相変わらずゲームです。ただ疲れやすくなったので昔ほどはやれていません。他人と一緒に遊ぶと頑張れるのだけど、自分一人でやると疲れたらすぐやめてしまう。小刻みにしかプレイができなくなりつつあります。ゲームはある種のストレスを乗り越えるものが多いので、それも疲れやすくさせているのかもしれません。没頭するほどのものが子供の頃や若い頃ほどはなくなったのかな。色々なことを体験しすぎたのか、それとも脳が老いたからかはわかりませんが、夢中になってというのがあまりないような気がします。その分冷静に分析する能力がついているような気もしなくはないですが。今年も淡々と積みゲーを崩すかなと考えています。8コア16スレッドのCPUになったので配信もしてみたいが、あれはかなり体力がいるのでやるまでの腰が重くなってしまう。以前配信をよくしていましたが、1時間か2時間配信すると、机の前で2時間くらいぼーっとしていました。疲労が激しくて暫く動きたくないし考えたくないのです。他人に見せていると思いながら何かをするのは、想像以上に気を使っているのだと思います。協力型のゲームが年々良くなってきましたね。人は協力すると楽しく感じるようです。個人的には対戦よりも楽しい。対戦は20代後半くらいには疲れてやる気がなくなったのもあるかな。

メタバースに新たな潮流があればまた動くでしょう。世界の人々に役立つツールへと変貌するきっかけがあれば、私もまたかつてのように活かす方法を考える日々が始まると思います。今のところは必要なことをやる方に多くを取られている感じですが、ワクワクする気持ちは大事です。その時が来たら多くをそこに割くでしょう。ただ今年にそれが来るとは思っていないし、オリンピックの年にそれが来ているとも思っていません。まだまだ多くの年数がかかるものなのかもしれませんね。このブログはまだ閉じないで、書きたいことがあったら投稿をするつもりです。ただ新しいことやるときにはまっさらからスタートしたい気持ちもあるので、時間があればまた考えようと思います。

2017年12月22日金曜日

学習と膨大な時間

今年の学習や習得関連を振り返ると、英語と絵だけで一杯になってしまった一年だった。この2つを学ぶだけでも時間が足りなくなる。3DCGや運動など他にもやりたいことはある。でもどうやっても時間を作れない。凡人がやれることはあまり多くはないのかもしれない。

英語と絵が上達できたのかというと、やる前から見ればかなりの上達はしているのだろう。ただかけた時間の割に習得が悪いと感じる。独学での限界なのか能力の限界なのかわからない。わかっているのはどちらも実用レベルには程遠いということだ。このペースで進めても後5年以上はかかるのかもしれない。英語はまだ半年も学んでいないが、絵は既に2年半以上やっているので、ただ単に向いていないだけの可能性もある。

何事も諦めたらそこまでで結局は自分で歩むしかないから、牛歩のような歩みであったとしても何とかモチベーションを維持して進まないとならない。何もやらなければ何も得られない。誰かが何かを与えてくれることはまずなく。あったとしたらかなりのラッキーなことだ。特に知識や技術関係は自分で頑張るしかない。

来年はきっと今の継続になるのだろう。学習関連については時間があれば思ったことをまとめたい。

2017年11月27日月曜日

猫たちとカバンの夢

謎の世界。海のような場所で敵たちが私たちを追尾して来る。私は4匹の猫を連れて家族と逃げている。敵は数が多く容赦なくこちらへと機銃掃射して来る。私は猫たちとはぐれないために、近くにあったカバンへと彼らを入れて連れて行った。仲のあまり良くない猫もいたが、その時は彼らは争わずにおとなしくしていた。全てを理解しているかのように。敵の猛攻を避けて私たちは無事に安全な場所へと辿り着いた。そこで一回夢は終わる。

昔暮らしていた部屋。私はうなされている。共にいた猫と会いたい。電気をつけたまま私はベッドで眠りについていた。夜中に目覚めると室内の電気は消えていた。私は電気をつけようとするがつかない。何か良くない感じがしたが、年を取った私はそれと対峙することを恐れなくなっていた。一度下の階へと降りると、両親が起きていた。オレンジ色の明かりが漏れている。再び私は部屋へと戻った。窓に何か不可解なことが起きているようだ。でも私は部屋へと入り暗闇の中に普通にいることにした。ここで夢は終わった。

2017年11月5日日曜日

乗車拒否される姉妹の夢

私は夢の中で若い女性だった。多分十代。まだ小学生くらいの妹のような存在といるようだ。母はどこかへと出かけて、ある場所で合流する予定のようだ。

私たち姉妹は父の運転する車に乗って目的地へと向かう。しかし、父が暴走をして車を壁へとぶつけようとする。私は父と口論になり妹を連れて車から降りた。

暗いどこかわからない視界も悪い空間を電車が走っている。私たちはそれに乗ろうとするが、何か差別されているのか拒絶をされた。

私は何とか思案をして母と合流する店へと辿り着いた。そこには父も来ていた。

その店の中には不思議な場所があり、秘密の本棚のようなことが書かれていた棚があって、私はグラフィックス関係の本を手に取る。それは何かとても良い本のようで、私はそれを欲しいと思った。

ここで目が覚めた。

2017年11月4日土曜日

明るい怪異の夢

仮眠時の夢の中で印象に残った場面を書く。

ある日、私の部屋で怪異がおこる。私は寝ていて起きると、部屋のあちこちに不可解なことが起きていた。大きな机の位置が変わっていたり、壁になにやら"|"のようなものが、大量に段になって書かれていたり、何やら意味のありそうな文章が、新聞や雑誌の切り抜きの文字のように並んでいたりしていた。

私は怖くなり、そのことを家族に話す。最初は弟二人が一緒に部屋で寝て、怪異を体験する。そのことで彼らはそれが起きたことを信じ始める。しかし、父だけは信じてくれない。悪戯だろうと考えているかのようだった。

翌日になると更に"|"や文章は増え、他にも幾つか不可解なことが起きている感じであった。部屋に来た父の目の前で、机や椅子が動いたりもした。その時に私は気がついた。この怪異を起こしている者は父に何か因縁があるのだと。そして彼らは悪い存在では無いのだということを。

次のシーンでは丸でFPSゲームやハリウッド映画のような、迫力あるシーンにかわり視点もドローンのような感じで、沢山の風船が飛び交い飛行船のようなものが飛び、緑とミラーズエッジのようなシンプルで輝いた街が映し出された。どうも怪異を起こしていた別次元の存在は、何かを伝えたいようだった。

夢の中で私はふと思った。あの世は身近で楽しいところなのかもしれない。こんなに彼らの起こすことは楽しいんだと。

ここで夢は終わった。


いつも不可思議や怪異の夢の投稿が多いけど、夢はもっと沢山の種類を見ている。ただ印象に残るのが少ないだけで、印象に残ったのは不可解や不思議が多いから記事のはそうなってしまう。まあ、でも印象に残るのは記事にしておくと、後で思い出すことも可能なので良いだろう。何かを考える時の参考にもなる。